印象派の画家たちは、それまでの古典的な絵画の描き方とは全くかけ離れた、「筆触分割(色彩分割)」と言われる新しい油絵の技法を確立しました。
印象派の画家たちの多くは、鮮やかで美しい光をキャンバスに描き出す、新たな絵画の表現手法を模索していました。
太陽光の下では、屋内よりも色彩が鮮やかに見え、いかにその光を目で見えたまま、美しくキャンバス上に表現することが課題だったからです。
その結果、印象派の画家たちは、鮮やかな光を純粋な色で素早く塗って仕上げる独自の描き方『アラ・プリマ』という手法を生み出したのです。
今回は「外光主義」とも呼ばれた印象派の画家がどのような描き方で制作を行っていたのか、詳しくご紹介していきます。
印象派の描き方【筆触分割(色彩分割)】とは、どんな技法?
印象派の画家は、視覚で見えたままの自然の美しい光を絵画に表現することを追求していきました。
そしてたどり着いたのが『筆触分割(色彩分割)』という技法です。
筆触分割とは、となり合った色を混色せず、筆のタッチを残しながら置いていく技法のことです。
下の画像はルノワールの『ヴェネツィアのパラッツォ・ドゥッカーレ』の拡大部分です。
海の波や、建物の影など、様々な色彩が一筆一筆タッチとして色が置かれています。
様々な色彩が隣り合って置かれていますが、離れて見ると目の網膜上の視覚効果で色が混ざったように見え、作品の色彩がより鮮やかに美しく見えます。
当時の絵画のスタンダードな描き方は、古典的なグレーズやスカンブル、スフマート技法といった、主に薄く絵の具をオイルで溶いて、上に何層も塗り重ねて描いていく手法が主流だったたため、絵の具の筆跡を残したままの手法はかなり斬新だったのです。
印象派の描き方は、スマホやテレビ液晶の画面のドットを絵の具で再現していた?
印象派の目指していた『外光主義』の絵画表現の最終目的は、移ろいゆく光の美しさを、キャンバスに描くことでした。
そのため、いかに鮮やかな色彩で、太陽の光の美しさを描き出すかが課題でした。
そこで色を混ぜ合わせず出来るだけ純色に近い状態で、キャンバスに点描やタッチを残して描くという「筆触分割(色彩分割)」の手法が採用されたのです。
筆触分割の原理は、テレビやパソコンの液晶画面の出力方法に似ています。
液晶画面の構造は、光の3原色のRGB(レッド、グリーン、ブルー)の光の量と色の組み合わせでリアルで見た色に近い色彩を表現します。
液晶ディスプレイの仕組みの動画です。よかったら参考に見てみてください。
また、カラー印刷は、CMYK(シアン、マゼンタ、イエロー、キートーン(ブラック))のインクの4色の版を重ねることで現実の色味に近い色合いが出せます。
これと同じ原理を絵画の色彩に当てはめて、鮮やかな色や光を絵画で表現しようと試みたのが印象派の『筆触分割(色彩分割)』の手法です。
液晶画面のドットを、一筆一筆絵の具で描くイメージです。
下のスーラのグランド・ジャット島の日曜日の午後の木陰にいる女性の拡大画像をご覧ください。
細かい点描で、ブルーやオレンジなど、色とりどりの絵の具が一筆一筆置かれています。
しかし離れて見てみると、目の網膜上で混色される視覚効果で、木陰にいる人の肌色やブロンドの髪の毛の色が見えて来るのです。
このように、印象派の技法の特徴は、点描や特徴のあるタッチで、絵の具が液晶のドットのように描かれ、現実の美しい自然の光をキャンバスに描き出そうと表現を試みたものだったのです。
スーラは印象派の中でも、『新印象派』と呼ばれ、【色彩に出来る限りの輝きを与えること】に重点を置いていました。
科学的な色彩論や光学的理論を学び、『視覚混合』といって、原色に近い鮮やかな色を点描で描くことで、絵の具を混ぜてキャンバスに乗せるよりも、本来の色彩の輝きを表現出来ることを証明したのです。
スーラの科学的な色彩論と視覚混合の効果を引き出す点描の描き方は、ピサロの絵画にも影響を与えました。
後にピサロはこのように語っています。
絵具を混合する代わりに視覚混合を用い、色のトーンを構成要素に分解するのである。なぜならば視覚混合は、混合された絵具によって作られるよりもずっと強い輝きを呼び起こすことができるからだ。
このアイデアを最初に考え、研究ののちに科学的理論を採用したのは、偉大な才能ある画家、スーラ氏である。私は、彼の指導に従ったまでだ。
ジョン・リウォルド,三浦 篤,坂上 桂子. 印象派の歴史 下 (Japanese Edition) (Kindle の位置No.3770-3773). Kindle 版.
印象派のタッチの違いで変わる画家の画風や表現手法
印象派の父と呼ばれたマネは、絵の具をたっぷり使い、素早いタッチでモチーフの特徴を捉える描き方が特徴でしたが、この筆さばきが後の印象派の画家にインスピレーションを与えて、『筆触分割(色彩分割)』という技法が誕生しました。
モネはカンマ、スーラは点描、セザンヌは片側がぼかされている「片ぼかし」という特徴があるように、印象派の画家はタッチを追求して独自の芸術性を追求していきました。
画家が一筆で決めた絵の具のタッチ(筆跡)は、モチーフに生き生きとした躍動感や生命力を与え、見る人に心地よさや感動を与えてくれます。
印象派の画家たちは、この『タッチ』を最大限に活用して、キャンバスに描き出していったのです。
時間の経過を絵画で表現しようと試みていた?
モネは積みわらや睡蓮、ルーアン大聖堂など、同じモチーフを連作で描いていたことでも有名です。
それは時間の経過によって、同じモチーフでも光の当たり方や気象条件によって、全く違う景色に見えることを発見したからでした。
そのきっかけとなった出来事が、近所を次女と散歩していたところ、麦畑の収穫が終わり、明るい日差しに照らされて光り輝く積みわらがあり、太陽の光で真っ白に輝いていたのを見て大変感銘を受けたことでした。
その景色をどうしても絵にしたいと思ったモネは、娘にキャンバスや油絵の具を家に取りに行かせたところ、次女が道具を持って帰って来たころにはすっかり光り輝いていた景色が変わってしまってたのでした。
太陽の動きや影の付き方など、太陽にの【光】よって同じ景色でも全く違った風景に見えることから、何枚もキャンバスを用意して、時間の経過によって同じモチーフを描き分けていったのがきっかけだったのです。
ルーアン大聖堂を描いていた時は、14枚ものキャンバスを同時に並べて描いていたとも言われています。
印象派は、刻一刻と変わる景色の一瞬の輝きを逃さないよう、キャンバスに描き出そうと試みていたのです。
写真の発明により、絵画表現に影響を受けていた印象派の画家たち
印象派が美しい自然の一瞬を絵に描き出そうと試みていたことに、写真が発明された影響もあります。
1840年代頃から肖像画に変わってヨーロッパを中心に写真が一般大衆に広まるようになり、
「今日を限りに絵画は死んだ」
ポール・ドラロッシュ
と画家のポール・ドラロッシュが語ったことで有名です。
しかし、写真の技術が発展することによって、それまで絵画では表現しきれなかった人物や動物のしなやかな動きや形、一瞬の偶発的な光景などを捉えることが出来るようになります。
写真のおかげで、絵画の表現の幅が格段に上がることに貢献し、写真が絵画を駆逐するどころかより芸術的な発展を遂げていきました。
印象派の中でもドガは特に写真にも興味を持っており、没後にポーズを取った踊り子の写真がアトリエから何枚も見つかったそうで、絵画制作に写真表現が大きく貢献していたことが分かります。
写真家のナダールは、著名人などを撮影した肖像写真家として名を馳せましたが、自分の写真スタジオを第一回印象派展の展覧会の会場として無料で貸し出したことでも有名です。
実際に筆触分割(色彩分割)で風景画を描いてみよう
それでは、実際に色彩分割の手法を使って風景画を描いてみたいと思います。
まずは下塗りからしていきます。印象派の画家は下地を淡い色彩から描き始めることを好む傾向にあったそうです。(参考図書:『巨匠に教わる絵画の技法』ー 視覚デザイン研究所編 より)
ジェッソとイエローオーカーにオレンジ系を混ぜた淡色で下塗りしました。
遠景からタッチを一筆一筆おいていくように色を置いていきます。
オイルはあまり加えず、絵の具を置きながら、かすれたタッチ(スカンブル)で描き進めていきます。
境界を馴染ませたりせずに即興で最後まで描いて行く手法を「アラ・プリマ」と言います。
印象派の魅力の一つが思い切った筆さばきや偶然できた色の重なりの美しさがありますので、偶然性も楽しみながら描いていきます。
固有色の概念から離れて、見ている景色から様々な光の色を見つけて置いていきます。オレンジの補色は青といったように、補色も意識してみると色あいに深みが出てきます。
原色を乗せるとまとまりが難しくなってくるので、中間のトーンの色で馴染ませていきます。
細部を書き込みしていきます。
完成です(^^)
印象派の描き方が生まれた経緯
筆触分割はどのようにして生まれた?
19世紀になると、チューブ入り絵の具が販売されるようになり、それまで革に入れて持ち運びが不便だった油絵の具の持ち運びが簡単になったため、屋外で絵画制作する画家が多くなりました。
チューブ入り絵の具は、扱いやすいように、ある程度粘度(硬さ)が出るように調整されていたので、それまで色を均一に重ねて表面をツルツルに仕上げる伝統的な絵画の描き方とは違った、幅広い技法が出来るようになりました。
粘度があることで、絵の具を盛り上げたり、筆跡のタッチを残して、絵の具のそのままの色をキャンバスに塗れるため、より鮮やかでタッチも個性的に描くことが可能になったのです。
絵画の主題は歴史画や宗教画から目の前の美しい自然へ
1819年,キャンバス、油彩,131.4 × 188.3 cm
フリック・コレクション所蔵,John Constable, Public domain, via Wikimedia Commons
印象派が登場する以前は、歴史や宗教、物語の一場面などを主題に描いた作品が、最高評価がつけられていました。
有名な売れっ子画家も、背景の風景は弟子に描かせるなどして、ただの風景を描いた作品は価値が低く、高評価を得て絵画を販売することが難しい時代だったのです。
19世紀になり、次第にバルビゾン派など、身近な自然をモチーフに描く画家が登場し、画家のカンスタブルは実際に見た景色を美しく描こうと屋外で油絵を描き、美しくみずみずしい風景画を完成させます。
その美しい風景画に影響を受けた画家は、想像上の神話や歴史画の世界から、身近にある美しい自然への対象が変わっていき、後に印象派へ受け継がれていきました。
芸術の原点は美しい自然を模倣することから始まったと言われていますが、ここで芸術の原点に回帰する形となり、また新しく形を変えて発展していったのです。
まとめ
いかがでしたでしょうか。
今では筆触分割(色彩分割)によって描かれた油彩画は、とても身近なものになり、印象派の絵は人気が高く、人々から愛され続けています。
しかし当時は、絵画の常識を覆した革命的な描き方で、批評家やサロンの画家たちから酷評を受けた描き方で、印象派の画家たちは芸術性を人々に理解してもらうためにとても苦労していました。
産業革命と同時期に芸術の分野にも革命をもたらした絵画技法、美術館で見かけたら、その色の美しさ光の美しさを、じっくり観察して味わってみてくださいね。